『竹取物語』はかぐや姫の話として知られていますが、「姫が月へ帰る不思議な昔話」として片付けると、この作品の本質を読み損ないます。この物語が描いているのは、誰もが欲しがるのに、最後まで誰のものにもならなかった存在と、その前で人間がどれほど滑稽になれるかです。
この記事では、『竹取物語』の内容・作者・時代・冒頭・読みどころを整理しながら、なぜこの作品が日本最古の物語文学として特別な位置に置かれているのかを解説します。
昔話の形をしながら、人の欲望と限界を描いた初期物語文学
『竹取物語』は平安時代初期ごろに成立した物語文学で、日本最古の物語文学と呼ばれることも多く、後の物語へつながる出発点として重視されてきました。
表向きの筋だけを言えば、竹の中から現れたかぐや姫が成長し、多くの求婚者を退け、最後に月へ帰る話です。しかし本当のテーマは、美しいものほど人の願いどおりにはとどまらないという感覚にあります。五人の貴公子も帝も、かぐや姫を求めますが、その心にも運命にも届きません。不思議な昔話の形をとりながら、人間の見栄・欲望・権力の限界まで描いているところに、この作品の文学としての強さがあります。
30秒でおさえる竹取物語の基本情報
- 作品名:竹取物語
- 作者:作者未詳
- 成立時期:平安時代初期、9世紀末から10世紀初めごろ
- ジャンル:初期の物語文学(日本最古の物語文学)
- 有名な冒頭:「今は昔、竹取の翁といふものありけり」
- 主な内容:かぐや姫の誕生・求婚譚・月への帰還
- 読みどころ:昔話の形を借りて、届かない願いと別れ、人間の滑稽さを描いている
冒頭「今は昔」が示すもの——平凡な世界への異物の侵入

『竹取物語』の冒頭は次の一文から始まります。
今は昔、竹取の翁といふものありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。
「今となっては昔のこと、竹取の翁という者がいた。野山に入って竹を取り、さまざまなことに使って暮らしていた」という意味です。
書き出しは昔話のように親しみやすい。しかしそのすぐ先で、竹の中から光る姫が現れます。ここが巧みなのは、最初の舞台がごく平凡な生活であることです。竹を取って暮らす翁の現実的な世界が先にあるからこそ、そこへ現れるかぐや姫の特別さが際立ちます。今の感覚でたとえるなら、いつもの帰り道の、ごく普通の風景の中にだけ説明のつかない光を見つけるような始まりです。
冒頭は前置きではなく、この作品が身近な世界に、最後まで理解しきれない存在が入り込む話であることを示す設計図になっています。
作者が未詳でも、構成の完成度が高い——平安初期にこの物語が書かれた意味
『竹取物語』の作者ははっきりとわかっておらず、一般に作者未詳とされます。在原業平説や紀貫之説が挙げられることもありますが、現在はどの説にも決め手があるとは言いにくく、特定の一人に断定するのは難しいとみるのが一般的です。
ただし、この作品は単に昔話が自然にまとまっただけとは言えません。誕生・求婚譚・帝との関わり・月への帰還という構成が意識的に組み立てられており、笑い・皮肉・別れをひとつの物語に収める完成度があります。
成立は9世紀末から10世紀初めごろとみられる平安時代初期で、漢文学の影響を受けながら日本語による文学が形を整えていった時期です。この時期にここまで完成度の高い物語が作られていたこと自体が、作者名よりも重要な事実です。
超自然の話の中に、平安貴族社会の現実が織り込まれている
『竹取物語』には超自然的な出来事が多く登場しますが、ただ幻想的なだけではありません。結婚・名誉・貴族社会の体面・帝の権威など、当時の社会が大切にしていたものがはっきり織り込まれています。
同時期に始まった平安文学の中で、後の『源氏物語』が宮廷の内側から人の心を描いたとすれば、『竹取物語』は外から来た存在を通して、宮廷社会の欲望と限界を映し出しています。どちらも人間の心の動きを描く点では同じ文脈にありますが、『竹取物語』のほうがより風刺的で、距離を置いた視線が強いです。
求婚者たちの失敗が笑えるのに、切ない理由
五人の貴公子に出される難題は、この作品の中でも特に有名な場面です。仏の御石の鉢・蓬莱の玉の枝・火鼠の皮衣・龍の首の珠・燕の子安貝——それぞれに不可能に近い品を求められ、彼らは見栄やごまかしまで使いながら失敗していきます。
ここが単なる笑える場面で終わらないのは、それぞれの失敗に見栄・虚勢・欲望がはっきり表れるからです。本当に困難な課題に向き合うというより、どうにか体面を保ちながら手に入れようとする。その結果、偽物を持ち出したり、都合よく切り抜けようとしたりして、かえって滑稽さが強まります。
この場面は恋愛の話というより、欲しいものの前で人がどれだけ格好悪くなれるかを見せる場面として読むと、作品に通底する皮肉の強さがよく見えてきます。
帝でも越えられなかった距離——月への帰還が「別れ」として残る理由

結末で、かぐや姫は月へ帰ります。翁や媼の愛情も、帝の思いも、彼女を地上にとどめることはできませんでした。
この終わり方が強く残るのは、かぐや姫が最初から「こちら側の世界」に完全には属していなかったことを、最後にはっきり示すからです。求婚が実る話でも、地上で幸せに暮らす話でもない。残るのは、愛されていたのに残れなかったという感覚です。
終盤では帝に渡された不死の薬が富士山で焼かれたという挿話もあり、物語の余韻が結末のあとまで広がっています。美しいものほど手元に残らないという感覚を、この作品は最後まで一貫して描いています。
「欲しいのに手に入らないもの」——竹取物語が今の感覚と重なる場面
手に入れたいものほど遠のくこと、好かれたいと願うほど空回りすること、立場や権力があっても相手の心までは支配できないことは、今の人間関係にもそのまま残っています。
| 竹取物語の場面 | 今の感覚で言い換えると |
|---|---|
| 竹の中から現れるかぐや姫 | 日常に突然入り込む、説明のつかない魅力や特別な出会い |
| 求婚者たちの難題への挑戦 | 相手に認められたくて無理を重ね、空回りしてしまう状態 |
| 偽物やごまかしで失敗する場面 | 見栄やハッタリでは本当に欲しいものは得られない現実 |
| 帝ですら引き留められない結末 | 権力や肩書きにも越えられない距離があること |
| 月への帰還 | 最初から自分のものではなかった存在との別れ |
📖 作品の読みどころが頭に入った今こそ、耳で入るいちばんいいタイミング
解説を読んで内容がつかめている今こそ、プロの朗読で聴くと作品世界が最も鮮明に浮かび上がります。この関心が続いているうちに、一度耳で確かめてみてください。
まず難題の場面と月への帰還を続けて読む——笑いが切なさに変わる瞬間を体験
最初から通読しなくてもかまいません。求婚者たちが次々と失敗する難題の場面を読んでから、そのまま月へ帰る終盤へ進んでみてください。笑える話が急に切ない話へ変わる瞬間がはっきり見えてきます。
読み終えたあと、自分が「どうしても手に入れたかったのに、最後まで届かなかった」と感じた経験を一つ思い浮かべてみてください。仕事でも人間関係でも、欲しいものの前で格好悪くなった記憶は誰にでもあるはずです。平安時代の物語が今の感覚に重なる瞬間、『竹取物語』は一気に近くなります。
参考文献
- 片桐洋一・福井貞助・高橋正治・清水好子 校注『竹取物語・伊勢物語・大和物語・平中物語』岩波書店(日本古典文学全集)、1972年
- 阪倉篤義 校注『竹取物語』岩波文庫、1970年
- 室伏信助『竹取物語全評釈』右文書院、1997年
- 文化庁「国語に関する施策」
- 国立国会図書館デジタルコレクション「竹取物語」関連資料
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大切にしていること
- まず全体像から:作品名だけで終わらず、内容・作者・時代・冒頭を最初に整理します。
- 初見でも読みやすく:古典文学が苦手な方でも入りやすいよう、難しい言い回しをできるだけ避けます。
- 作品ごとの違いを大切に:物語、随筆、日記、歌集、紀行文など、それぞれに合った切り口で説明します。
- 混同しやすい点を整理:作者・編者・撰者の違いや、成立時期、似た作品名などをできるだけわかりやすく区別します。
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