山崎宗鑑は、室町時代後期から戦国時代にかけて活躍した連歌師・俳諧作者です。まじめで格式ある連歌の世界に、笑い・俗語・機知を持ち込み、俳諧を大きく前へ進めた人物として知られます。
「山崎宗鑑 俳句」「山崎宗鑑 代表作」と調べると、『新撰犬筑波集』や「それにつけても金の欲しさよ」、辞世の句などが出てきます。ただし、宗鑑の時代には、まだ近代以降の意味での「俳句」は成立していません。
この記事では、山崎宗鑑が何をした人なのか、代表作『新撰犬筑波集』の特徴、荒木田守武や宗祇との関係、有名句・辞世の句の読み方まで、初心者向けに整理します。
- 山崎宗鑑とはどんな人?俳諧の祖と呼ばれる室町後期の連歌師
- 山崎宗鑑の生涯を簡単にいうと?宗祇の連歌世界から俳諧へ進んだ風狂の人物
- 山崎宗鑑の代表作は何?『新撰犬筑波集』が俳諧史で重要な理由
- 山崎宗鑑は何がすごい?連歌の雅を笑いでくずした俳諧の先駆者
- 山崎宗鑑と荒木田守武の違いとは?俳諧の祖を比べて理解する
- 山崎宗鑑と宗祇の関係とは?連歌の完成と俳諧の出発点
- 山崎宗鑑が生きた時代背景|連歌の格式と俳諧の笑いが分かれ始めた室町後期
- 山崎宗鑑の作品を読むならどこに注目する?俗語・洒落・パロディの笑い
- 山崎宗鑑の有名な句「それにつけても金の欲しさよ」をやさしく読む
- 山崎宗鑑の辞世の句とは?死を軽くずらす風狂の言葉
- 山崎宗鑑を現代人が読むならどこに注目する?きれいごとを笑いでほどく力
- 山崎宗鑑についてよくある質問
- まとめ:山崎宗鑑は連歌の雅を笑いでくずし俳諧を開いた人物
山崎宗鑑とはどんな人?俳諧の祖と呼ばれる室町後期の連歌師
山崎宗鑑は「やまざき そうかん」と読みます。室町時代後期から戦国時代にかけて活動した連歌師・俳諧作者で、荒木田守武と並んで「俳諧の祖」の一人とされる人物です。
経歴には不明な点が多く、生没年や出自にも諸説があります。近江の出身で、足利義尚に仕えたのち出家し、山城国山崎に住んだと伝えられますが、伝説的な要素も多いため注意が必要です。
山崎宗鑑を理解するうえで大切なのは、「俳句の人」とだけ覚えないことです。宗鑑が活躍したのは、和歌・連歌の伝統から、俳諧が独立した文芸へ向かう途中の時代でした。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 人物名 | 山崎宗鑑 |
| 読み方 | やまざき そうかん |
| 生没年 | 未詳。1465年ごろ〜1553年ごろとする説などがあります |
| 時代 | 室町時代後期〜戦国時代 |
| 身分・立場 | 連歌師、俳諧作者、禅僧とも伝えられます |
| 代表作 | 『新撰犬筑波集』 |
| 有名な言葉 | それにつけても金の欲しさよ |
| 辞世の句 | 宗鑑はいづくへ行くと人問はばちとようありてあの世へといへ |
| 文学史上の位置づけ | 荒木田守武と並ぶ俳諧の祖の一人 |
山崎宗鑑を一言でいえば、「連歌の雅を知ったうえで、それを俗な笑いへ開いた俳諧の先駆者」です。芭蕉以前の俳諧を知るうえで、欠かせない人物です。
山崎宗鑑の生涯を簡単にいうと?宗祇の連歌世界から俳諧へ進んだ風狂の人物
山崎宗鑑の生涯は、はっきりわからない部分が多い人物です。伝承では、近江の武士出身で、はじめ将軍足利義尚に仕え、のちに出家したとされます。
若いころには、連歌の大成者である宗祇や肖柏らと一座した連歌作品も残るとされます。つまり宗鑑は、最初から俗な笑いだけを好んだ人物ではなく、正統的な連歌の世界を知っていた人でした。
その後、宗鑑は山城国の山崎に庵を結んだと伝えられます。「山崎宗鑑」という名も、その山崎の地と結びつけて語られるものです。晩年には讃岐国観音寺の一夜庵に住んだという伝承もあります。
宗鑑の人物像には、貧しさを笑いに変える風狂の人、書の名手、俳諧の先駆者など、いくつもの顔があります。ただし逸話には後世の脚色も混じるため、作品を見るときは「伝説の宗鑑」と「俳諧作者としての宗鑑」を分けて考えると読みやすくなります。
山崎宗鑑の代表作は何?『新撰犬筑波集』が俳諧史で重要な理由

山崎宗鑑の代表作として最も重要なのは『新撰犬筑波集』です。『犬筑波集』とも呼ばれ、俳諧連歌の撰集として知られています。
題名にある「犬」は、正統的な連歌集『筑波集』に対する、くだけた・滑稽なものという意味合いを持ちます。高雅な連歌に対して、俗語や笑いを含む俳諧を打ち出したところが大きな特徴です。
『新撰犬筑波集』は、上品な連歌の言葉を、あえて日常語や俗な本音へずらす面白さがあります。美しい言葉が急に「金が欲しい」「用事があってあの世へ行く」といった現実へ落ちるため、読み手はその落差に笑うのです。
(表は横にスクロールしてご覧ください)
| 作品名・関連語 | ジャンル | 内容 | 読みどころ |
|---|---|---|---|
| 『新撰犬筑波集』 | 俳諧連歌撰集 | 滑稽・機知・俗語を含む俳諧連歌を集めた撰集 | 連歌の伝統を踏まえつつ、笑いを文芸化した点 |
| 『犬筑波集』 | 『新撰犬筑波集』の通称 | 正統な『筑波集』に対する俳諧的な名称として広まる | 「犬」という語に、くだけた文芸の自覚が見える点 |
| それにつけても金の欲しさよ | 付合・俳諧的な句 | どんな上の句にもつきそうな下の句として語られる | 雅な和歌を一気に俗な現実へ引き戻す笑い |
| 辞世の句 | 辞世・狂歌的な表現 | 死を前にしても軽口で返すような句 | 深刻さを笑いでずらす宗鑑らしさ |
『新撰犬筑波集』の重要性は、俳諧を単なる余興で終わらせず、集めて読まれる文芸へ近づけたことにあります。松尾芭蕉の俳諧が生まれるずっと前に、宗鑑は「笑いのある連歌」を作品として残る方向へ進めました。
山崎宗鑑は何がすごい?連歌の雅を笑いでくずした俳諧の先駆者
山崎宗鑑のすごさは、連歌の格式を知ったうえで、それをあえてくずしたところにあります。
連歌は、和歌の伝統を受け継ぐ文芸で、古典知識や優雅な言葉づかいが重んじられました。宗鑑はその世界を知りながら、そこへ日常語、笑い、俗な感覚、意外な取り合わせを入れていきます。
これは、単なる悪ふざけとは違います。上品な表現を俗な方向へずらすからこそ、読者は「そう来るのか」と笑います。宗鑑の俳諧は、格式を知らない笑いではなく、格式を知っているからこそ成り立つ笑いです。
後の俳諧は、松尾芭蕉によって深い余情を持つ文芸へ発展します。その遠い出発点に、宗鑑の大胆な俗化と機知がありました。
山崎宗鑑と荒木田守武の違いとは?俳諧の祖を比べて理解する
山崎宗鑑は、荒木田守武と並んで「俳諧の祖」と呼ばれることがあります。ただし、二人の作風には違いがあります。
荒木田守武は、伊勢神宮の神官であり、連歌の教養を背景にした比較的上品で整った俳諧として語られます。見立てや機知を用いながらも、言葉の運びには端正さがあります。
一方、山崎宗鑑は、より俗語・洒落・風狂の笑いが強い人物として知られます。雅な連歌の形をわざと現実的で俗っぽい方向へずらすところに、宗鑑らしさがあります。
二人を並べて見ると、初期俳諧が一つの作風だけで発展したわけではないことがわかります。上品な機知の守武、俗な笑いの宗鑑という対比で押さえると、俳諧史が理解しやすくなります。
山崎宗鑑と宗祇の関係とは?連歌の完成と俳諧の出発点
宗祇は、室町時代の連歌を大成した人物として知られます。山崎宗鑑は、その連歌文化を知ったうえで、俳諧の方向へ踏み出した人物です。
宗鑑が宗祇らと一座した連歌作品も伝わりますが、宗鑑の文学史上の役割は、宗祇のように連歌を完成させることではありません。むしろ、連歌の形式をくずし、笑いと俗語の方向へ開いたところにあります。
宗祇が連歌の高度な完成を象徴するなら、宗鑑は俳諧の自由な出発点を象徴する人物です。この関係を押さえると、「山崎宗鑑 宗祇」という検索意図にも答えやすくなります。
山崎宗鑑が生きた時代背景|連歌の格式と俳諧の笑いが分かれ始めた室町後期
山崎宗鑑が生きた室町後期は、連歌が大きく発展した時代です。宗祇のような名人が現れ、連歌は高い教養を必要とする文芸として成熟していました。
その一方で、連歌の中には、滑稽な表現や俗な言葉を楽しむ俳諧の流れも生まれます。まじめな文芸のすぐ横に、くずし、もじり、洒落、言葉遊びが広がっていくのです。
宗鑑は、この境目に立つ人物です。宗祇の時代の連歌文化とつながりながら、そこから俳諧の自由な笑いへ踏み出していきました。
つまり、山崎宗鑑は古典を壊しただけの人ではありません。伝統を十分に知ったうえで、そこに庶民的な感覚や風狂の笑いを入れた人物です。
山崎宗鑑の作品を読むならどこに注目する?俗語・洒落・パロディの笑い
山崎宗鑑の作品を読むときは、「何をくずしているのか」に注目すると面白くなります。宗鑑の笑いは、何もないところから急に出てくるのではなく、和歌や連歌の上品な型を踏まえて生まれます。
雅な言葉を一気に俗な現実へ落とす落差の面白さ
宗鑑の俳諧では、上品な和歌の調子や連歌の形が、突然俗な現実へ引き寄せられます。
たとえば「それにつけても金の欲しさよ」は、どんな高尚な上の句にもつけられるように見えながら、結局は「金が欲しい」という現実へ落とす言葉です。この落差が、宗鑑の笑いの核になります。
きれいごとで終わらない人間くささ
宗鑑の句には、貧しさ、欲、老い、死といった現実が顔を出します。それを重苦しく語るのではなく、軽口や機知でずらすところに味があります。
美しいだけの文学ではなく、人間の弱さや俗っぽさまで笑いに変える。そこが、山崎宗鑑を今読んでも面白い理由です。
俳句以前の俳諧として読むと誤解しにくい
「山崎宗鑑 俳句」と検索されることは多いですが、宗鑑の時代には近代以降の俳句はまだ成立していません。
そのため、宗鑑の句は「俳句の完成形」としてではなく、俳句につながっていく俳諧連歌の初期の表現として読むのが正確です。芭蕉や正岡子規の俳句と比べる前に、連歌から俳諧へ移る途中の言葉遊びとして見ると、歴史的な面白さが見えてきます。
山崎宗鑑の有名な句「それにつけても金の欲しさよ」をやさしく読む

山崎宗鑑の名と結びついてよく語られるのが、「それにつけても金の欲しさよ」という句です。
それにつけても金の欲しさよ
これは、どんな上の句にも続けられる下の句として語られてきました。たとえば、どれほど美しい景色を詠んでも、最後に「それにつけても金の欲しさよ」と付けると、一気に現実的で俗な笑いになります。
ここで笑えるのは、雅な文学が急に生活感へ落ちるからです。きれいな月、花、富士山、恋の嘆き。その後に「それにつけても金がほしい」と続くと、人間の本音がむき出しになります。
この句は、宗鑑の俳諧の特徴をよく表しています。美しい言葉をそのまま美しく終わらせず、あえて生活の本音へ落とすことで、文芸の中に人間くささを持ち込んでいるのです。
山崎宗鑑の辞世の句とは?死を軽くずらす風狂の言葉
山崎宗鑑の辞世として、次の句もよく知られます。
宗鑑はいづくへ行くと人問はばちとようありてあの世へといへ
現代語訳すると、「宗鑑はどこへ行くのかと人が尋ねたら、ちょっと用事があって、あの世へ行ったと言ってくれ」という意味になります。
死を重々しく語らず、まるで少し出かけるように「あの世へ」と言う。深刻な場面を軽くずらすところに、宗鑑らしい風狂と笑いが表れています。
この句は、死を笑いものにしているというより、死の重さにのみこまれない態度を示しているようにも読めます。宗鑑の俳諧は、人生の深刻な場面にさえ、軽やかな言葉の抜け道を作るのです。
山崎宗鑑を現代人が読むならどこに注目する?きれいごとを笑いでほどく力
現代人が山崎宗鑑を読むなら、「高尚なものを疑う笑い」に注目すると面白くなります。
宗鑑の俳諧は、ただ下品なことを言って笑わせるものではありません。立派な言葉、格式ある表現、美しい和歌の世界に対して、あえて日常の欲や俗っぽさをぶつけます。
人はきれいごとだけでは生きていません。お金もほしいし、失敗もするし、死を前にしても冗談を言いたくなることがあります。宗鑑は、そうした人間くささを文芸の中へ持ち込みました。
だから宗鑑の笑いは、現代の読者にも近く感じられます。美しい言葉に現実を混ぜることで、かえって人間の本音が見えてくるのです。
山崎宗鑑についてよくある質問
山崎宗鑑の句を「俳句」と呼んでもよいですか?
一般向けには「俳句」と呼ばれることもありますが、歴史的には俳句以前の俳諧連歌として理解するほうが正確です。松尾芭蕉や正岡子規の俳句と同じ制度の中で作られたものではありません。
検索では「俳句」とされやすいものの、記事では「俳諧の句」と押さえると信頼度が上がります。
『新撰犬筑波集』はどこから読むと面白いですか?
初心者は、上品な和歌や連歌をもじった句から読むと入りやすくなります。何をくずしているのかがわかると、宗鑑の笑いが見えてきます。
単独の句だけでなく、「雅な言葉を俗な方向へ落とす」という読み方を意識すると楽しめます。
「それにつけても金の欲しさよ」はなぜ有名なのですか?
どんな立派な上の句にもつながるように見えながら、最後は「お金がほしい」という本音へ落とすからです。美しい言葉の世界を、生活感のある現実へ引き戻す力があります。
宗鑑らしい俗化の笑いを一言で示す表現として広まりました。
山崎宗鑑と荒木田守武はどう違いますか?
二人とも俳諧の祖として語られますが、印象はかなり違います。荒木田守武は連歌の教養を背景にした整った俳諧として読まれやすく、山崎宗鑑はより俗語・洒落・風狂の笑いが強く見えます。
二人を並べると、初期俳諧の幅がわかります。
山崎宗鑑と宗祇の関係はどう考えればよいですか?
宗祇は連歌を大成した人物で、宗鑑はその連歌文化を知ったうえで俳諧へ進んだ人物です。
宗鑑が宗祇らと一座した作品も伝わりますが、宗鑑の文学史上の役割は、宗祇のように連歌を完成させることではなく、連歌の形式を笑いの方向へ開いた点にあります。
山崎宗鑑の辞世の句は何が宗鑑らしいのですか?
死を重く語らず、「ちょっと用事があってあの世へ行った」と軽く言い換える点です。これは単なる冗談ではなく、深刻なものを笑いで受け流す宗鑑の文芸的態度と重なります。
死さえも俳諧的にずらすところが印象的です。
山崎宗鑑を現代人が読む意味はありますか?
あります。宗鑑の笑いは、きれいごとだけで固まった言葉をほぐします。高尚な表現の中に、欲や貧しさや死への軽口を混ぜることで、人間の本音が見えるからです。現代の風刺やパロディにも通じる感覚があります。
山崎宗鑑を初めて読むなら、有名句だけを暗記するより、『新撰犬筑波集』や俳諧史の解説付き資料とあわせて読むほうが理解しやすくなります。俳句以前の俳諧は、連歌・和歌・俗語の関係を知ると、一気に面白くなります。
荒木田守武との違い、宗祇の連歌との関係、芭蕉以前の俳諧の流れを知りたい方は、注釈付きの本や入門書から読むのがおすすめです。
とくに、俳句の歴史を基礎から押さえたい方、和歌や連歌から俳諧へどう変化したのかを知りたい方は、背景解説のある資料を選ぶと宗鑑の笑いがぐっと読みやすくなります。
📖 作品の読みどころが頭に入った今こそ、耳で入るいちばんいいタイミング
解説を読んで内容がつかめている今こそ、プロの朗読で聴くと作品世界が最も鮮明に浮かび上がります。この関心が続いているうちに、一度耳で確かめてみてください。
まとめ:山崎宗鑑は連歌の雅を笑いでくずし俳諧を開いた人物
山崎宗鑑は、室町時代後期から戦国時代にかけて活動した連歌師・俳諧作者です。荒木田守武と並び、後世には「俳諧の祖」の一人として語られます。
宗鑑の重要性は、連歌の格式を知りながら、そこに俗語、洒落、機知、風狂の笑いを持ち込んだ点にあります。代表作『新撰犬筑波集』は、俳諧が連歌の余興から一つの文芸へ向かう過程を知るうえで大切な作品です。
- 山崎宗鑑は「やまざき そうかん」と読む室町後期の連歌師・俳諧作者です。
- 生没年や出自には不明点が多く、伝説的な逸話も多い人物です。
- 代表作は『新撰犬筑波集』で、『犬筑波集』とも呼ばれます。
- 荒木田守武と並び、俳諧の祖の一人とされます。
- 宗祇らの連歌文化を知りながら、俗語・洒落・機知を生かす俳諧へ進みました。
- 「それにつけても金の欲しさよ」は、雅な言葉を現実の本音へ落とす宗鑑らしい表現です。
- 辞世の句にも、死を軽くずらす風狂の感覚が出ています。
山崎宗鑑は、ただ面白い句を作った人ではありません。連歌の格式を知ったうえで、その世界を俗な笑いへ開いた人物です。
『新撰犬筑波集』や有名な句を読むと、俳諧がどのように「遊び」から「文芸」へ向かっていったのかが見えてきます。芭蕉以前の俳諧を知るうえで、欠かせない入口になる作者です。
参考文献
- 木村三四吾・井口寿 校注『新潮日本古典集成 竹馬狂吟集・新撰犬筑波集』新潮社
- 暉峻康隆・川島つゆ 校注『日本古典文学大系 56 連歌俳諧集』岩波書店
- 雲英末雄・山下一海 校注『新編日本古典文学全集 61 連歌論集・能楽論集・俳論集』小学館
- 『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館「山崎宗鑑」「俳諧」関連項目
- 『国史大辞典』吉川弘文館「山崎宗鑑」「新撰犬筑波集」関連項目
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