『続千載和歌集』はしょくせんざいわかしゅうと読みます。鎌倉後期に成立した勅撰和歌集で、二条為世が撰した二十一代集のひとつです。
検索では「いつ成立したのか」「何番目の勅撰集か」「玉葉和歌集とどう違うのか」が混ざりやすいですが、先に言うと、この歌集は文保2年(1318)の院宣で編纂が始まり、元応2年(1320)に成立した第15番目の勅撰和歌集です。20巻・約2143首を収め、二条派の穏やかで整った歌風を前面に出しています。
前代の玉葉が京極派の新風を強く押し出したのに対し、『続千載和歌集』はより伝統的で安定した美しさを志向します。そのためこの歌集は、中世和歌の中で京極派の革新に対する二条派の応答として読むと、位置づけがわかりやすくなります。
続千載和歌集の全体像
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | 続千載和歌集 |
| 読み方 | しょくせんざいわかしゅう |
| ジャンル | 勅撰和歌集 |
| 成立 | 元応2年(1320) |
| 撰者 | 二条為世 |
| 勅撰集での位置 | 二十一代集の第15番 |
| 巻数 | 20巻 |
| 歌数 | 約2143首 |
| 成立主体 | 後宇多院の院宣 |
| 大きな特徴 | 二条派の優美平明な歌風を中心に据える |
『続千載和歌集』は、後宇多院の院宣によって二条為世が撰進した勅撰和歌集です。撰者の為世は『新後撰和歌集』にも深く関わった二条派の中心人物で、鎌倉後期歌壇の主流を担いました。
歌数は約2143首で、二十一代集の第15番にあたります。巻立は20巻で、春・夏・秋・冬・雑体・羈旅・神祇・釈教・恋・雑・哀傷・賀という流れを持ちます。
特徴的なのは、歌集名どおり『千載和歌集』を意識していることです。実際、雑体に一巻をあてる構成もその意識の表れと見られます。一方で、千載和歌集にあった仮名序は置かれていません。
撰者は二条為世で、二条派の正統を背負う歌人
撰者は二条為世です。為世(1250〜1338)は藤原為氏の子で、二条家の嫡流に属する歌人でした。
二条派は、京極派や冷泉派に比べると、奇抜な新しさよりも、優美で平明な表現を重んじる立場に立ちます。為世はその立場を徹底し、勅撰集の撰進を通して中世歌壇の主流を形づくりました。
為世は『新後撰和歌集』の撰者でもあり、鎌倉後期の勅撰和歌集づくりを二度担った人物です。ここが重要です。『続千載和歌集』は、単に一人の歌人の趣味で編まれた歌集ではなく、二条家が歌壇の正統をどう示したかをまとまった形で見せる歌集になっています。
後宇多院の院宣と玉葉和歌集の後という時代背景

『続千載和歌集』を理解するうえで大切なのは、その前に『玉葉和歌集』が成立していることです。『玉葉和歌集』は京極為兼が撰した勅撰集で、清新で鋭い歌風を大きく押し出しました。
それに対して『続千載和歌集』は、後宇多院の院宣のもとで二条為世が撰進し、より伝統的で安定した美を前面に出します。後宇多院(1267〜1321)は大覚寺統の院で、鎌倉後期の文化的中心の一人として和歌にも深く関わり、本歌集の成立主体となりました。
実際、京極派歌人の入集は前代ほど目立たず、当代歌人の採録も二条派寄りの傾向が強く見られます。つまりこの歌集は、京極派の新風に対して二条派の正統性を示す歌集として読むと、成立事情の意味が見えてきます。
冒頭は春歌上から始まり、勅撰集らしい季節配列をとる
『続千載和歌集』は、物語のような文章で始まる本ではありません。実際には、巻第一の春歌上から始まり、季節歌を先に置く勅撰集の基本構成に従っています。
ここで重要なのは、歌集の入口に四季を置くことで、私的な感情より先に和歌世界の公的秩序が示されることです。読者はまず、和歌が宮廷的な時間の流れの中で整えられていることを感じます。
そのため『続千載和歌集』の冒頭は、「どんな事件から始まるか」ではなく、どんな部立で和歌世界を開くかに意味があります。この始まり方自体が、勅撰集らしい格式の一部です。
二十巻構成に見える千載集継承と二条派の整理
この歌集の巻立は、春上・春下・夏・秋上・秋下・冬に続き、雑体・羈旅・神祇・釈教・恋一〜恋五・雑上〜雑下・哀傷・賀という20巻構成です。
構成上の特徴として目を引くのは、雑体に一巻をあてていることです。長歌・旋頭歌・折句・誹諧歌などをここに集める点は、歌集名が示すとおり千載和歌集を意識した作りといえます。
また、恋歌を五巻にわたって厚く置く一方で、全体の印象は過度に奔放ではありません。恋であっても、二条派らしく言葉の輪郭が比較的整っており、感情を露骨に噴き出させるより、落ち着いた調子でまとめる傾向が見えます。
| 構成要素 | 中心内容 | 読んでわかること |
|---|---|---|
| 四季部 | 春夏秋冬の季節歌 | 勅撰集としての基本の美意識 |
| 雑体 | 長歌・旋頭歌・折句・誹諧歌 | 千載集を意識した巻立 |
| 恋歌五巻 | 恋の段階を細かく展開 | 中世歌集としての中心関心 |
| 哀傷・賀 | 喪失と祝意の歌 | 公的な場にふさわしい和歌の働き |
| 全体を貫く軸 | 二条派の優美平明 | 新奇より安定を重んじる歌風 |
歌集名に「千載」を冠しながらも、千載和歌集との違いははっきりあります。千載和歌集が院政期の歌壇を背景に仮名序を備えたのに対し、続千載和歌集は鎌倉後期の派閥的な歌壇状況の中で作られ、仮名序を持ちません。
一方で、雑体を一巻として立てる点には明確な継承意識があります。つまり『続千載和歌集』は、千載和歌集を名と構成で受け継ぎながら、鎌倉後期の二条派的秩序を新たに示した歌集といえます。
代表歌を三首読むと、続千載和歌集の歌風が見えてくる
ここでは、『続千載和歌集』の特徴が見えやすい三首を見ます。季節歌、恋歌、賀歌を並べると、この歌集がどんな美しさを目指したのかがつかみやすくなります。
秋の余韻を静かにとどめる永福門院内侍の歌
のこりける あきのひかずも あるものを うつりなはてそ にはのしらぎく
残りける 秋の日数も あるものを 移りなはてそ 庭の白菊
この歌は、庭の白菊を見ながら、まだ残っている秋の日数まで消えてしまわないでほしいと願う歌です。白菊そのものだけでなく、季節が終わっていく感覚まで一緒に詠みこんでいます。
ここで大事なのは、感情を激しく言わないことです。「うつりなはてそ」という抑えた願い方によって、秋の終わりの惜しさが静かに立ち上がります。
この歌には、『続千載和歌集』の美点がよく出ています。鋭い驚きや強い新奇さよりも、季節の移ろいを端正な言葉でとどめる感覚が前に出ています。
恋の始まりを上品に包む後宇多院の歌
おもひそむる こころのいろを むらさきの くさのゆかりに たづねつるかな
思ひそむる 心の色を 紫の 草のゆかりに たづねつるかな
この歌は、恋心の色を「むらさき」にたとえ、その縁を紫草にたずねるという形に置き換えています。恋の始まりを直接言うのではなく、色と言葉の縁で包んでいます。
「むらさき」は高貴さや濃い思いを連想させる色であり、そこに「ゆかり」という語を重ねることで、恋の心がまだ露骨にならないまま深まっていきます。
後宇多院は院宣の主体であるだけでなく、自らも和歌に深く関わった院であり、この歌にも宮廷的な教養と抑制の美がよく出ています。ここに二条派らしさがあります。恋の歌であっても感情のむき出しを避け、教養あることばの連関の中で恋を見せるため、歌全体が優美にまとまります。
賀歌に見える穏やかな祝意の後宇多院の歌
ゆくすゑは なほながつきの きくのえに かさなるちよを きみにゆづらむ
行く末は なほ長月の 菊の枝に 重なる千代を 君にゆづらむ
この歌は、菊の枝に重なる露や花を長寿の象徴としてとらえ、その千代を相手に譲ろうと祝っています。賀歌らしい構図ですが、言い方はきわめて静かです。
「ながつき」「きく」「ちよ」と、長寿を思わせる語が重ねられていますが、祝意は大げさになりません。むしろ、季節の中に賀の意味を溶け込ませています。
この歌にも、後宇多院の歌人としての資質がよく出ています。祝う歌であっても騒がしくせず、格式と穏やかさを両立させるところが、この歌集の持ち味です。
読みどころは玉葉和歌集への対抗としての安定感

『続千載和歌集』の一番おもしろいところは、新風を否定するだけでなく、あえて安定した美しさを前面に出していることです。前代の玉葉が清新さや切れ味で読まれやすいのに対し、この歌集は伝統的な秩序を取り戻すような構えを持っています。
そのため、一見すると保守的に見えるかもしれません。しかし実際には、二条派の理想をはっきり打ち出し、勅撰集の形で歌壇の主導権を示したという意味で、きわめて強い意志を持つ歌集です。
このため『続千載和歌集』は、単に「地味な勅撰集」と見るより、中世歌壇の路線争いがもっとも素直に反映した勅撰集として読むと、独自性がよく見えてきます。
| 比較軸 | 続千載和歌集 | 玉葉和歌集 |
|---|---|---|
| 撰者 | 二条為世 | 京極為兼 |
| 歌風 | 優美平明で安定志向 | 清新で鋭い新風が強い |
| 読後感 | 整った余韻が残る | 新しさの刺激が残る |
| 歌壇上の意味 | 二条派の正統性を示す | 京極派の存在感を示す |
この比較を入れると、『続千載和歌集』が玉葉の単なる後続集ではないことがわかります。玉葉が新風を押し出したのに対し、続千載は勅撰集の正統を二条派の側から立て直そうとする歌集として位置づけられます。
つまりこの歌集は、歌そのものの美しさだけでなく、歌壇の力関係まで映しているところに大きな意味があります。
続千載和歌集の要点整理
| 要点 | 押さえたい内容 |
|---|---|
| 何の作品か | 鎌倉後期の第15番目の勅撰和歌集 |
| いつ成立したか | 元応2年(1320) |
| 誰が撰んだか | 二条為世 |
| どこが面白いか | 二条派の優美平明な歌風が勅撰集の形で示されるところ |
| 構成上の特徴 | 20巻構成で、雑体に一巻をあてて千載集を意識する |
| 文学史上の位置 | 玉葉和歌集の後に出た二条派の代表的勅撰集 |
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まとめ
『続千載和歌集』は、後宇多院の院宣により二条為世が撰した、元応2年(1320)成立の勅撰和歌集です。20巻・約2143首からなり、二十一代集の第15番にあたります。
読みどころは、派手な新風ではなく、二条派の優美で平明な歌風を勅撰集の形でしっかり示しているところにあります。季節歌、恋歌、賀歌のどこを見ても、感情を整えながら伝える美意識が前に出ています。
比較して言えば、『続千載和歌集』は『玉葉和歌集』のような新風の歌集に対して、伝統的な秩序と格式を二条派の側から取り戻そうとした勅撰集として読むと、その意味がもっともよく見えてきます。
参考文献
- 久保田淳・平田喜信校注『新編日本古典文学全集 51 中世和歌集』小学館
- 有吉保ほか編『日本古典文学大辞典』岩波書店
- 『和歌文学大辞典』古典ライブラリー
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