承久記(じょうきゅうき)は、承久の乱を題材にした中世の軍記物語です。後鳥羽院と鎌倉幕府の対立がどのように戦乱へ進み、どのような結末を迎えたかを描きます。
作者は未詳で、成立も諸本によって異なりますが、広く読まれた流布本は鎌倉時代中ごろの成立かと考えられています。
また、承久記は一つの完成本文だけを指すのではなく、流布本・慈光寺本・尊経閣本など複数の本文系統を含む作品名でもあります。
そのため、「内容」「作者」「成立」「冒頭」を整理するときは、まず一般に読まれる二巻本の流れを押さえ、そのうえで異本の違いに目を向けると全体像がつかみやすいです。
承久記の基本情報からの全体像を3分で読む
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | 承久記 |
| 読み方 | じょうきゅうき |
| ジャンル | 軍記物語 |
| 題材 | 承久の乱(1221年) |
| 作者 | 未詳 |
| 成立 | 諸本により異なる。流布本は鎌倉時代中ごろ成立か |
| 巻数 | 一般に上・下二巻 |
| 別名 | 承久兵乱記、承久軍物語など |
| 特徴 | 異本が多く、後鳥羽院と幕府の対立を幕府寄りの視点で描く傾向が強い |
| 固有情報 | 慈光寺本など流布本と立場や叙述の違う本文が伝わる |
この作品をひとことで言うなら、朝廷と幕府の最終的な主導権争いを、軍記物語として語り直した本です。承久の乱そのものは短期間で決着しましたが、承久記はその前史から乱後の処分までをまとめて描くことで、「なぜ戦が起きたのか」「なぜ朝廷側が敗れたのか」まで見せようとします。
上・下二巻という形で読まれることが多い一方、本文は一つではありません。承久兵乱記という別名もあり、異本ごとに記事の出入りや視点の置き方に差があります。
入門としては、まず承久の乱を描く軍記物語であること、そして本文が一種類ではないことを押さえるのが大切です。
作者はなぜ未詳なのか?異本の多さと成立主体の特徴
承久記の作者は未詳です。特定の一人が最初から最後まで単独で書き上げたと断定できる作品ではなく、書き写しや改作を重ねながら伝わった軍記物語として見るのが自然です。
ここでいう軍記物語とは、戦乱や政変を題材にしながら、事実の記録だけでなく、人物評価や歴史の意味づけまで物語として語る文学です。承久記も、ただ年表的に事件を並べるのではなく、後鳥羽院のふるまい、北条義時側の正統性、敗者への処分までを一つの筋道として描きます。
とくに重要なのは異本の多さです。一般によく知られる流布本のほか、慈光寺本、尊経閣本、承久兵乱記系統などがあり、それぞれに内容の違いがあります。たとえば流布本が幕府側の正統性を強く打ち出すのに対し、慈光寺本は朝廷側への同情がやや濃く見える本文として知られます。
この点で承久記は、作者名を一つ覚えるより、中世の人びとが承久の乱をどの立場からどう語り替えたかを見る作品として理解したほうが、性格をつかみやすいです。
後鳥羽院と鎌倉幕府の対立の深まりと1221年の承久の乱へ至る時代背景

承久記の背景にあるのは、院政を主導した後鳥羽院と、鎌倉幕府の実権を握る北条氏の対立です。後鳥羽院は第82代天皇として在位したのち上皇となり、治天の君として朝廷政治を動かした人物です。文化面では新古今和歌集の編纂を主導したことで知られ、政治面でも強い主導権を持とうとした存在でした。
きっかけの一つとして重要なのが、三代将軍源実朝の死です。実朝は源頼朝の子で、鎌倉幕府三代将軍でしたが、1219年に暗殺されます。承久記の多くの本文は、承久の乱そのものだけでなく、この実朝の最期やその後の朝幕関係の悪化から筆を起こします。
そして1221年、後鳥羽院は北条義時追討の院宣を出して挙兵します。北条義時は鎌倉幕府の執権で、将軍を補佐する立場から幕府の中心に立った人物です。さらにその背後には、頼朝の妻であり源氏将軍家の母として大きな影響力を持った北条政子がいました。
承久記は、この対立を単なる私戦ではなく、朝廷と武家政権のどちらが国の実権を握るのかをめぐる戦いとして描いています。
| 立場 | 主要人物 | 役割 |
|---|---|---|
| 朝廷側 | 後鳥羽院 | 院宣を出して挙兵を主導した上皇 |
| 朝廷側 | 順徳院 | 後鳥羽院の子で、乱後に佐渡へ配流される上皇 |
| 幕府側 | 北条義時 | 追討対象となった執権で、幕府側の中心人物 |
| 幕府側 | 北条政子 | 御家人をまとめ、幕府側の結束を支えた人物 |
この人物関係を押さえると、承久の乱は「朝廷対幕府」の対立であると同時に、誰が政治の正統性を持つのかをめぐる争いだったことが見えます。乱後の六波羅探題の強化や、朝廷への幕府介入の常態化につながる点まで含めて、中世史の転換点として理解すると整理しやすいです。
この時代の空気を知るには、無常観の側から中世を見た方丈記とあわせて読むのも有効です。方丈記は戦記ではありませんが、社会が不安定になっていく中世初頭の感覚を別の角度から示してくれます。
冒頭は実朝の最期と後鳥羽院の動きから始まる
承久記の冒頭は、いきなり宇治川の合戦から始まるわけではありません。多くの本文では、後鳥羽院の専制や源実朝の最期にまでさかのぼり、承久の乱が突然起きたのではないことを示す作りになっています。
この始まり方からわかるのは、承久記が単なる戦場の実況ではなく、乱の原因を語る軍記だということです。戦いだけを見せるのではなく、「なぜ朝廷と幕府はここまで対立したのか」という前提を先に置くため、読者は事件の背後にある政治のねじれまで意識しながら読み進めることになります。
つまり承久記の冒頭は、承久三年の合戦の記録というより、実朝暗殺後の不安定な政治秩序がどう崩れていったかを示す導入として機能しています。
上巻は挙兵までの流れ、下巻は宇治・勢多の戦いと乱後処分へ進む構成
| 巻 | 主な内容 | 読みどころ |
|---|---|---|
| 上巻 | 実朝の最期、後鳥羽院と幕府の対立、義時追討の院宣、挙兵までの経緯 | なぜ承久の乱が起きたのかを、政治的な緊張の積み重ねとして読めます |
| 下巻 | 幕府軍の進発、宇治・勢多の攻防、朝廷側の敗北、乱後の処分 | 戦場の描写だけでなく、敗北後の流罪や新体制の成立まで視野に入ります |
上巻では、後鳥羽院がなぜ北条義時追討に踏み切ったのか、その前提が語られます。実朝の死がもたらした空白、朝廷と幕府の関係悪化、そして挙兵決断までが積み重ねられ、乱の原因が前面に出ます。
下巻では、実際の戦いが中心になります。とくに宇治と勢多は京都防衛の要地で、ここを突破されると朝廷側は苦しくなります。承久記が宇治・勢多の戦いを重く描くのは、ここが合戦の勝敗を左右する一つの眼目だからです。
さらに本作は、勝敗が決したあとで筆を止めません。後鳥羽院らの流罪、新しい天皇の即位、乱後処理まで描くことで、承久の乱が一回の合戦ではなく、朝廷と幕府の力関係を決定的に変えた事件だったことを印象づけます。
平家物語・太平記との比較|承久記は一事件に集中して朝廷敗北の原因を語る
| 作品名 | 題材 | 重心 | 承久記との違い |
|---|---|---|---|
| 承久記 | 承久の乱 | 朝廷と幕府の対立、挙兵から敗北、乱後処分 | 一つの政変と戦乱に焦点を絞り、敗北の原因と政治的帰結を濃く描きます |
| 平家物語 | 源平争乱と平家滅亡 | 栄華から滅亡への大きな流れと無常観 | 時間の幅が広く、平家一門全体の興亡を大きく描きます |
| 太平記 | 鎌倉幕府滅亡から南北朝内乱 | 人物群像と政治秩序の分裂 | 扱う時代が長く、誰が正しいかが単純に決まらない複雑さが強いです |
平家物語と比べると、承久記は「栄えたものが滅びる」長い叙事詩ではなく、承久の乱という一点に焦点を絞った軍記です。そのぶん、後鳥羽院の判断、幕府軍の行動、戦後処分の意味が凝縮して見えます。
また太平記と比べると、承久記の世界はまだ整理しやすいです。太平記が多くの人物と複雑な正統性の争いを描くのに対し、承久記は後鳥羽院方の敗北を中心に、朝廷側がなぜ押し切られたかを比較的明快に語ります。つまり承久記の個性は、中世国家の主導権がどこで決定的に移ったかを、一事件の密度で示すところにあります。
承久記の代表場面3つで実朝の死・宇治の攻防・流罪で乱を立体化
代表場面① 源実朝の最期が、乱の前提として重く置かれる場面
承久記の多くの本文は、承久三年の戦いそのものではなく、まず実朝の最期を大きな前提として置きます。源実朝は源頼朝の子で、和歌にもすぐれた三代将軍でしたが、その死によって鎌倉幕府の将軍家は大きく揺らぎました。
この場面で重要なのは、戦がまだ始まっていないことです。それでも作品はここから始めることで、承久の乱を偶然の衝突ではなく、将軍家断絶後の不安定な政治秩序が破裂した事件として見せます。承久記が合戦記でありながら前史を重く扱う理由が、ここによく表れています。
代表場面② 宇治・勢多の攻防で、朝廷側の防衛線が崩れる場面
宇治と勢多は京都へ入るための重要地点で、承久記でも合戦の眼目として描かれます。朝廷側はここで幕府軍を食い止めようとしますが、結局は突破を許し、戦局は大きく幕府方へ傾きます。
この場面の承久記らしさは、単に兵の強弱を語るだけではないところです。どこを守れば都を守れるのか、そこが破られたとき政治の中心がどう危うくなるのかが見えるため、戦場描写がそのまま国家の仕組みの説明になっています。地理と政治が直結していることが、承久記の軍記としての特徴です。
代表場面③ 後鳥羽院らの流罪で、敗北後の世界が決定づけられる場面
墨染の 袖に情けを かけよかし 涙ばかりは 捨てもこそすれ
現代語訳:黒い僧衣に変わったこの袖に、せめて情けをかけてほしい。涙だけは捨ててもかまわないから。
承久記は戦場の勝敗だけで終わらず、後鳥羽院が隠岐へ、順徳院が佐渡へ移されるなど、乱後の処分まで描きます。後鳥羽院は治天の君として朝廷を主導した人物でしたが、敗北によって朝廷側の主導権は大きく失われます。
ここに置かれる和歌は、出家した身で遠島へ向かう後鳥羽院の悲しみを強く示します。この場面が重要なのは、承久の乱が「負けて終わり」の話ではないからです。流罪という結果を通して、どちらが国の実権を握るのかが可視化されます。承久記が乱後処分に筆を割くのは、ここで初めて武家政権優位の時代が決定的になったと示したいからです。
学習ポイントは異本の多さと幕府寄りの視点
| 項目 | 要点 |
|---|---|
| ジャンル | 承久の乱を描く軍記物語です |
| 作者 | 未詳で、単独作者を断定できません |
| 成立 | 本文ごとに異なり、流布本は鎌倉時代中ごろ成立かとされます |
| 構成 | 一般に二巻本で、前半は挙兵まで、後半は合戦と乱後処分です |
| 特徴 | 異本が多く、流布本は幕府寄り、慈光寺本は朝廷側への同情が比較的濃いとされます |
| 乱の結果 | 後鳥羽院・順徳院の配流、六波羅探題の強化、朝廷への幕府介入の固定化へつながります |
試験や調べ学習では、まず「作者未詳」「承久の乱を描く軍記物語」「異本が多い」の三点を押さえると大きく外しません。そこに、承久兵乱記という別名、上・下二巻の流れ、後鳥羽院と北条義時の対立を重ねれば、基本情報としては十分です。
さらに一歩進めるなら、承久記は歴史の事実をそのまま写した史書ではなく、幕府側に有利な見方や後鳥羽院への評価を含む物語だと意識すると、作品の読み方が深まります。
【承久記の読みどころ】なぜ朝廷が敗れたか?を政治込みで語る記憶

承久記の面白さは、合戦の派手さだけではありません。むしろ強く残るのは、戦が起きるまでの政治的な緊張、宇治・勢多の攻防の意味、そして流罪によって新しい秩序が固定される流れです。
そのためこの作品は、単なる武勇談として読むと少しもったいないです。後鳥羽院の判断、幕府軍の動き、乱後処分までを一続きで読むことで、朝廷中心の時代が後退し、武家政権の優位が確かなものになる瞬間が見えてきます。
また、異本が多いこと自体も読みどころです。本文が揺れているということは、それだけ多くの人が承久の乱をどう語るべきか考え続けたということでもあります。承久記は、承久の乱そのものを知る本であると同時に、中世がその乱をどう記憶したかを知る本でもあります。
承久記の要点を題材・構成・異本・歴史的意味の四つで整理
| 項目 | 要点 |
|---|---|
| 題材 | 1221年の承久の乱を描く軍記物語です |
| 構成 | 一般に上巻で挙兵まで、下巻で宇治・勢多の攻防と乱後処分を描きます |
| 本文の特徴 | 異本が多く、承久兵乱記・承久軍物語などの別名でも伝わります |
| 視点 | 流布本は幕府寄り、慈光寺本は朝廷側への同情がやや濃いとされます |
| 歴史的意味 | 朝廷と幕府の力関係が決定的に変わる転換点を示す作品です |
承久記は、承久の乱を描いた軍記物語として、事件の経過だけでなくその意味まで語ろうとする作品です。実朝の死から戦後処分までを一続きに読むことで、「なぜこの乱が中世史の転換点なのか」が見えてきます。
また、異本が多いことは難しさでもありますが、それだけ中世の人びとにとって承久の乱が語り直す価値のある出来事だったとも言えます。承久記は、承久の乱の入門としてだけでなく、歴史がどのように物語へ変わるかを知る古典として読むと、ぐっと面白くなります。
参考文献
- 梶原正昭・岡見正雄 校注『日本古典文学大系 承久記・北条九代記』岩波書店
- 市古貞次 編『新編日本古典文学全集 中世日記紀行集』小学館
- 『新撰日本古典文庫 承久記』現代思潮社
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