『十訓抄』の有名な話は、昔の人の知恵や失敗を通して、「どうふるまうべきか」を考えさせる短い説話です。
なかでも「大江山」「二羽のカラス」「葉二つ」は、それぞれ和歌の才能、言葉への気配り、芸道の不思議さを伝える話として知られています。
この記事では、『十訓抄』全体の特徴を押さえたうえで、代表的な三つの話のあらすじ・現代語訳の入口・教訓・試験で問われやすいポイントを、初心者向けに整理します。
- 『十訓抄』とはどんな作品?有名な話を読む前に知りたい基本情報
- 『十訓抄』の有名な話は何が面白い?大江山・二羽のカラス・葉二つを一覧で整理
- 『十訓抄』大江山のあらすじ|小式部内侍が一首で疑いをはね返す話
- 『十訓抄』二羽のカラスのあらすじ|正しい答えより場を読む力が試される話
- 『十訓抄』葉二つのあらすじ|源博雅が鬼と笛を吹き合う名器伝説
- 『十訓抄』の三つの話は何を教えている?和歌・応対・芸道の違いで読む
- 『十訓抄』を現代人が読むならどこに注目する?短い話にある処世のリアル
- 『十訓抄』の有名な話は試験でどこが問われやすい?大江山を中心に整理
- 『十訓抄』についてよくある質問
- まとめ:『十訓抄』の有名な話は、和歌・応対・芸道の教訓として読むと面白い
『十訓抄』とはどんな作品?有名な話を読む前に知りたい基本情報
『十訓抄』は、鎌倉時代に成立した説話集です。説話集とは、昔の人の行動、失敗、知恵、信仰、不思議な出来事などを短い話として集めた作品を指します。
題名の「十訓」は、十の教訓という意味です。若い人に向けて、身の処し方、言葉づかい、学問、芸能、人付き合いなどを教える目的で編まれた作品と考えられます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | 十訓抄 |
| 読み方 | じっきんしょう |
| ジャンル | 説話集・教訓書 |
| 成立時期 | 鎌倉時代中期 |
| 作者・編者 | 未詳。複数の説があるが、確定していません |
| 構成 | 十の教訓に分けて、多くの説話を収めます |
| 主な内容 | 和歌、才芸、言葉づかい、主従関係、学問、処世、人のふるまいなど |
| 代表的な話 | 大江山、二羽のカラス、葉二つ、その他の和歌・才芸・処世に関する説話 |
『十訓抄』は、ただ「よいことをしましょう」と教えるだけの本ではありません。相手の言葉をどう受け取るか、才能をどう見抜くか、場に応じてどう返すかといった、人間関係の細かい判断を扱います。
そのため、有名な話を一つずつ読むと、単なる昔話ではなく、「その場でどう言えばよかったのか」を考える教材として面白くなります。
『十訓抄』の有名な話は何が面白い?大江山・二羽のカラス・葉二つを一覧で整理
『十訓抄』には多くの説話がありますが、古文の授業や解説でよく取り上げられる話として、「大江山」「二羽のカラス」「葉二つ」があります。
三つの話は、どれも短いながら性格が違います。「大江山」は和歌の機転、「二羽のカラス」は相手への応対、「葉二つ」は音楽の名人と不思議な笛の由来を描きます。
(表は横にスクロールしてご覧ください)
| 話の名前 | 主な人物 | 内容の中心 | 読みどころ |
|---|---|---|---|
| 大江山 | 小式部内侍、藤原定頼 | 母の代作を疑われた小式部内侍が、即座に名歌で返す | 和歌の才能と、掛詞による鮮やかな切り返し |
| 二羽のカラス | 源顕房、藤原盛重 | 黒いカラスを白いと言われた時、盛重が相手の意図を読んで答える | 正論だけではない、場を読む応対の難しさ |
| 葉二つ | 源博雅、朱雀門の鬼、浄蔵 | 名人が鬼と笛を吹き合い、天下第一の笛「葉二つ」を得る | 芸の極みが人間の世界を超えるところ |
同じ『十訓抄』の中にありながら、三つの話が教えるものは同じではありません。「大江山」は才能、「二羽のカラス」は処世、「葉二つ」は芸道への憧れを見せる話です。
『十訓抄』大江山のあらすじ|小式部内侍が一首で疑いをはね返す話

「大江山」は、『十訓抄』の中でもとくに有名な和歌説話です。中心人物は、和泉式部の娘である小式部内侍です。
小式部内侍は、歌合に出ることになりました。しかし母の和泉式部は、夫の藤原保昌に従って丹後に下っていました。そのため周囲には、「小式部内侍の歌は、母が代わりに作っているのではないか」という見方がありました。
そこで藤原定頼が、小式部内侍に向かって、丹後の母から歌の返事は来たのかとからかいます。小式部内侍は、その場で定頼の袖を引き止め、即座に次の歌を詠みました。
大江山いく野の道の遠ければまだふみも見ず天橋立
現代語訳すると、「大江山を越え、生野を通って行く道のりが遠いので、私はまだ天橋立を踏んだこともなく、母からの手紙も見ていません」となります。
この歌のすごさは、「ふみ」に二つの意味がかかっている点です。「踏み」は足で踏むこと、「文」は手紙のこと。つまり、天橋立をまだ踏んでいないという意味と、母からの手紙もまだ見ていないという意味が一首に重なっています。
定頼は、小式部内侍が母の助けなしに歌を詠めるのかをからかいました。ところが彼女は、その場で見事な歌を返し、自分の才能を証明します。短い一首が、疑いをはね返す武器になっているのです。
『十訓抄』二羽のカラスのあらすじ|正しい答えより場を読む力が試される話
「二羽のカラス」は、源顕房と藤原盛重のやり取りを描いた話です。屋根の上に二羽の黒いカラスが止まっていました。
源顕房は盛重に対して、「あのカラスのうち一羽は、頭が白く見えるが、見間違いだろうか」と尋ねます。実際には、二羽とも黒いカラスです。
普通なら、「いえ、どちらも黒いカラスです」と答えたくなる場面です。しかし盛重は、しばらくよく見たうえで、「そのように見えます」と答えます。
この話を現代の感覚だけで読むと、「嘘に合わせるのがよいのか」と戸惑うかもしれません。ただ、『十訓抄』が見ているのは、単なる事実確認ではなく、相手の意図を読む力です。
顕房は、本当にカラスを見間違えたわけではありません。わざとありえないことを問い、盛重の受け答えを試しました。盛重は、すぐに否定せず、かといって軽々しく同意するのでもなく、相手の問いの意味を測るように答えます。
この話の教訓は、「目上の人には何でも同意しろ」という単純なものではありません。場の空気、相手の意図、自分の立場を一瞬で読めるかどうかが問われています。
『十訓抄』葉二つのあらすじ|源博雅が鬼と笛を吹き合う名器伝説

「葉二つ」は、笛の名人として知られる源博雅の話です。博雅三位は、月の明るい夜、朱雀門の前で笛を吹いていました。
すると、同じような姿をした男が現れ、笛を吹きます。その音は、この世のものとは思えないほどすばらしいものでした。博雅は不思議に思いながらも、何度もその男と月夜に出会い、笛を吹き合います。
ある時、博雅は相手の笛と自分の笛を取り替えて吹きました。その笛は、世にもまれな名器でした。相手はもとの笛を返してほしいとも言わず、そのまま別れてしまいます。
後に、その笛をほかの名人たちに吹かせても、博雅の音を再現できる者はいませんでした。さらに浄蔵という笛の名手が朱雀門でその笛を吹くと、門の上から「やはりすばらしいものだ」とほめる声がします。そこで初めて、その笛が鬼の笛であったと知られます。
この笛が「葉二つ」と呼ばれる名器です。笛には二つの葉があり、一つは赤く、一つは青く、朝ごとに露を置くと伝えられました。
「葉二つ」の話は、芸が極まると人間の世界だけでは終わらない、という不思議さを持っています。博雅の笛の音が、鬼と通じ合うほどの領域に達していたからこそ、名器が与えられたのです。
『十訓抄』の三つの話は何を教えている?和歌・応対・芸道の違いで読む
「大江山」「二羽のカラス」「葉二つ」は、どれも有名な話ですが、教訓の方向は大きく違います。
「大江山」は、才能ある人がその場で力を示す話です。小式部内侍は、言い訳をせず、和歌そのもので自分の実力を証明しました。
「二羽のカラス」は、正しさだけでは済まない人間関係の話です。事実をそのまま言うことより、相手の問いの裏にある意図を読む力が評価されています。
「葉二つ」は、芸能の世界の話です。笛の名人が、月夜の朱雀門で鬼と通じ合う。ここには、芸が人間を超えた不思議な世界に届くという発想があります。
| 話 | 表面上の出来事 | 本当の読みどころ |
|---|---|---|
| 大江山 | 小式部内侍が歌でからかいに返す | 才能は説明ではなく作品で示される |
| 二羽のカラス | 黒いカラスを白いと言われる | 事実だけでなく、相手の意図を読む力が必要になる |
| 葉二つ | 博雅が鬼の笛を得る | 芸の極みは、人間の世界を超えるものとして描かれる |
このように読むと、『十訓抄』は単なる道徳の本ではなく、才能・言葉・芸の扱い方を考える本だとわかります。
『十訓抄』を現代人が読むならどこに注目する?短い話にある処世のリアル
現代人が『十訓抄』を読むなら、「昔の道徳」ではなく、「人間関係の判断集」として読むとぐっと身近になります。
「大江山」では、疑われたときに長く説明するのではなく、実力で返す姿が描かれます。これは、言い訳より成果がものを言う場面として現代にも通じます。
「二羽のカラス」では、正しいことをそのまま言えばよいとは限らない難しさが出ています。相手が何を試しているのか、どこまで言うべきかを考える場面は、仕事や人間関係でも珍しくありません。
「葉二つ」では、芸がただの技術ではなく、人間を超えたものと結びつくほど尊いものとして描かれます。芸道や専門性への憧れを読む話としても面白いところです。
『十訓抄』の有名な話は、短くても読み応えがあります。話の筋を覚えるだけでなく、「この場面で自分ならどう答えるか」と考えると、古典が現代の問題にもつながって見えてきます。
『十訓抄』の有名な話は試験でどこが問われやすい?大江山を中心に整理
古文の授業や試験で出やすいのは、やはり「大江山」です。小式部内侍の歌は、和歌の掛詞や背景知識が問われやすいからです。
「大江山」は掛詞と人物関係が重要
「大江山」では、小式部内侍、和泉式部、藤原定頼の関係を押さえることが大切です。小式部内侍は和泉式部の娘で、定頼は彼女をからかった人物です。
また、「ふみ」が「踏み」と「文」の掛詞になっている点も重要です。地名の「大江山」「生野」「天橋立」と、母からの手紙が来ていないという意味が一首の中で重なります。
「二羽のカラス」は単なる嘘の話ではない
「二羽のカラス」は、黒いものを白いと言えという話ではありません。相手の問いの意図を読み、軽率に否定しない姿勢が描かれています。
試験では、「なぜ盛重はそのように答えたのか」といった形で、人物の判断や場面理解が問われやすいです。
「葉二つ」は芸道説話として読む
「葉二つ」は、源博雅の笛の名人性を伝える説話です。鬼や名器が出てくるため不思議な話に見えますが、中心にあるのは芸が極まった人への尊敬です。
単なる怪異譚ではなく、笛の名手が人間の世界を超えた存在と通じ合う話として読むと、教訓が見えやすくなります。
『十訓抄』についてよくある質問
『十訓抄』の有名な話は何ですか?
よく知られる話には、「大江山」「二羽のカラス」「葉二つ」などがあります。「大江山」は小式部内侍の和歌、「二羽のカラス」は応対の知恵、「葉二つ」は源博雅の笛の名人性を伝える話です。
「大江山」はなぜ有名なのですか?
小式部内侍が、母の代作を疑われた場面で即座に名歌を返した話だからです。「ふみ」に「踏み」と「文」を重ねる掛詞が使われ、才能を一首で証明する展開が印象的です。
「二羽のカラス」の教訓は何ですか?
単純に「目上の人に合わせる」という話ではありません。相手の問いの意図を読み、場に応じた返答をすることの難しさを示す話です。正しさだけでなく、応対の慎重さも問われています。
「葉二つ」の笛は実在したのですか?
物語の中では、源博雅が鬼と笛を吹き合って得た名器として語られます。ただし、現代の歴史資料として実物を確認する話ではなく、名人の芸が人間を超えた世界へ通じるという説話として読むのが自然です。
『十訓抄』は現代語訳で読んでも意味がありますか?
あります。むしろ初心者は現代語訳で話の流れをつかんでから、原文の言葉遊びや掛詞を見るほうが理解しやすくなります。「大江山」のような話は、背景を知ってから読むと面白さが増します。
『十訓抄』を読むときに初心者が誤解しやすい点は何ですか?
「教訓書だから説教くさい本」と思ってしまう点です。実際には、才能の見せ方、言葉の返し方、芸の尊さなど、人間関係や表現に関わる具体的な判断が多く描かれています。
『十訓抄』を初めて読むなら、原文だけで読むより、現代語訳や注釈付きの本で背景を確認しながら読むほうが挫折しにくくなります。特に「大江山」は、地名や掛詞を知らないと、小式部内侍の返答のすごさが見えにくい話です。
古文の授業で出てきた話を復習したい方、説話集をやさしく読みたい方、和歌や教訓の意味まで理解したい方には、注釈付きの『十訓抄』がよい入口になります。
まず現代語訳であらすじを押さえ、そのあと原文の掛詞や人物関係を確認すると、「大江山」「二羽のカラス」「葉二つ」の面白さがかなり読み取りやすくなります。
📖 作品の読みどころが頭に入った今こそ、耳で入るいちばんいいタイミング
解説を読んで内容がつかめている今こそ、プロの朗読で聴くと作品世界が最も鮮明に浮かび上がります。この関心が続いているうちに、一度耳で確かめてみてください。
まとめ:『十訓抄』の有名な話は、和歌・応対・芸道の教訓として読むと面白い
『十訓抄』は、鎌倉時代に成立した説話集で、十の教訓に沿ってさまざまな話を集めた作品です。有名な話としては、「大江山」「二羽のカラス」「葉二つ」などがあります。
「大江山」は、小式部内侍が和歌の才能を一首で示す話です。「二羽のカラス」は、正しいことを言うだけでは足りない応対の難しさを教える話です。「葉二つ」は、源博雅の笛の名人性と、芸が人間を超えた世界に届く不思議さを描く話です。
- 『十訓抄』は「じっきんしょう」と読む鎌倉時代の説話集です。
- 十の教訓に分けて、和歌・才芸・処世・人間関係に関する話を収めています。
- 「大江山」は、小式部内侍が和歌で疑いをはね返す有名な話です。
- 「二羽のカラス」は、相手の意図を読む応対の力を示す話です。
- 「葉二つ」は、源博雅の笛の名人性を伝える芸道説話です。
- 試験では、「大江山」の人物関係・掛詞・現代語訳が問われやすいです。
- 初心者は、現代語訳で流れをつかんでから原文の言葉遊びを見ると理解しやすくなります。
『十訓抄』の有名な話は、短いながらも、才能をどう示すか、相手にどう返すか、芸をどう極めるかを考えさせてくれます。
単なる昔の教訓ではなく、今の人間関係や学び方にもつながる説話として読むと、古典の面白さがぐっと近く感じられます。
参考文献
- 浅見和彦 校注・訳『新編日本古典文学全集 51 十訓抄』小学館
- 永積安明 校注『日本古典文学大系 38 十訓抄』岩波書店
- 『日本古典文学大辞典』岩波書店「十訓抄」関連項目
- 『国史大辞典』吉川弘文館「十訓抄」関連項目
- 『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館「十訓抄」「説話文学」関連項目
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運営者の杉本 洋平です。大学で日本文学を専攻し、卒業後も古典文学の一次資料や研究書を参照しながら独学を続けています。「作品名は知っているけれど中身がわからない」という入口の壁をなくしたくて、このサイトを立ち上げました。
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